アームチアーカメラマン
 5日も6日も連続して真冬日が続く厳しい寒波と、これまた毎日降り積もる雪に塗り込められて、物理的にも精神的にもカメラを持って出かける勇気が湧かなくて、もっぱら「アームチアー・カメラマン」を決め込んでいました。
 確か、開高健の著作に出てきた言葉ですが、釣り師が書斎に籠もり、ゆったりとした肘掛け椅子に座り、これまた高価な釣竿の手入れなどをしながら「この季節ならこの川のこの魚」「この魚であれば、このメーカーのこの型番の竿」などと釣り師の戦場における森羅万象について思いをめぐらせて日を送る釣り師を「アームチアー・フイッシュマン」というのだそうです。
 「アームチアー・カメラマン」はそんなことから思いついた私の造語です。
 ともあれ、今日は久方ぶりに朝から青空がいっぱいに広がり、気温も比較的高くて、好きな雪原を撮りに出かけるには絶好の日和でしたが、間合いが悪いもので、こんな時に車がドック入りで郊外に出かける足がありませんでした。
 今年は口で撮る写真はやめて、カメラで写真を撮ろうと密かな誓いを立てたりした手前
散歩も兼ねて家からほぼ30分程度の距離にある市立の「スポーツ交流施設」を訪ねてみました。
 このスポーツ交流施設、軟式野球なら充分に出来る規模の全天候型のいわゆる「ドーム」があり、さらにその敷地はパークゴルフのコースあり、テニスコートが数面あり、サッカー場があるという広大な敷地です。
 今、ちょうど札幌雪祭りの分会場としての準備が進められているところでした。
 大型の除雪機、雪を積み上げるブルトーザーなどの重車両が忙しく動き回り、なかなか迫力のある作業風景でした。
 「ラッキー」とばかりに写真を撮らせていただきましたが、家に帰って画像をパソコンに取り込み、改めて見てみますと、あれほどの迫力がさっぱり伝わってきません。
 自分の腕前を棚上げにして、「あんまり天気が良すぎたか?」「少し吹雪いて、車両の安全灯やテールランプの赤い色が出ていたら…」ついそんなことを思ってしまいます。
 「虎穴に入らんずば虎子を得ず」ではありませんが、吹雪の絵が欲しければ吹雪の中に出かけてゆかなければなりませんし、雪の深さや寒さの厳しさを案じているようでは良い写真は撮れないことを改めて痛感した次第でした。

<写真をクリックすると大きくしてみることが出来ます。>
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 このブルトーザーが積み上げている山は、大きな滑り台になるはずです。去年もこの場所に大きな滑り台があり、大人も含めて一、二の人気スポットでした。
 これらのこととは関係ありませんが、このブルのオペレーター、終日山の上り下りで何を考えるものなのでしょうか?
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 主に道路の除排雪などで見かけるおなじみの機械ですが、エンジン全開で作業を開始すると、なかなかの迫力です。
 私が撮影を始めたときは、少しペースを落とした作業で雪煙につつまれて進む迫力を写し撮ることが出来ませんでした。
 雪煙の中で滲んだような赤いテールランプなどがあれば最高だったのに…。
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 写真では積み上げられた雪の造形の大きさがわかり難いのですが、一人大きなモノサシを持って寸法を測っている人がいました。
 大雪像の設計者なのでしょうか?それとも土木技術者?いずれにしても1年1回のイベントのための欠くことのできない技術者なのでしょう。 
 
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# by ebataonnzi | 2011-01-18 23:52
新年おめでとうございます。
  新年明けましておめでとうございます。
  本年もよろしくお付き合いいただければ幸甚に存じます。
 
 この数年毎年強く感じていることですが、「年月の経過は何と早いことか!」という思いです。
 写真を撮るようになって、特にその想いが強くなりました。
 春が来れば、北海道特有の淡くて空気にさえ溶け出してしまいそうな白樺や唐松林の緑を「撮りたいものだ!」と思いますし、夏が来れば爽やかに拡がる広大な北海道の大地が「ものに出来ないか?」そんなことに思いをめぐらせ、秋の紅葉、冬の吹雪、季節それぞれの情景を追いかけていると一年はあっと言う間に通り過ぎてゆきます。
 「良い写真が撮りたい!」と言う思いは、撮影に出かけて現場でカメラを構えているときだけではなしに、むしろ自分の部屋でカメラのメンテナンスなどをしているときの方が強いように思います。
 古い友人で心おきない者たちに良く言われます、「お前さんさんはカメラで写真を撮るよりも口で写真を撮っている」などと憎まれ口を利きますが、その時は猛烈に反論をするものの自分自身心の中で半分は納得しているようなところもあります。
 一年中心の中では、その季節、その季節の情景を追いかけている割には実際に撮影現場に足を運んでいません。
 今年は口で撮る写真も然ることながら身近なところに被写体を求めてカメラで撮る写真を多くしたいと思っています。
 さっぱり更新しないブログで訪問していただく方々には恐縮千万ですがご容赦いただきたいと存じます。
 本年もよろしくお願いを致します。

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 札幌市北区あいの里の札幌大橋を渡って一番目の信号を左折すると左手に長い防風林があります。
 北海道、いたるところに防風林はありますが、これほど長い防風林はめったにありません。ここは石狩川の河口に近い場所、石狩川から吹き上げる烈風を遮る役目を負った林なのでしょう。
 今は黒々とした一本の線ですが、春の芽吹きの頃は鮮やかな緑の線に変り、北海道独特の春の風情を演出します。
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 真っ白な雪原に線を引いたように伸びる防風林が撮りたくてこの場所を訪れました。この日は雲の流れが急で今吹雪いたかと思うと雲の切れ間から太陽が顔を出すと言う誠にめまぐるしい天気でした。
 一時吹雪が止んで太陽が顔を出すと風景は一変してたおやかな大地の顔になります。
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 これも、ほんの一瞬現れた白い大地と真っ青な空です。
 もちろんこんな空は街中では見ることは出来ませんが、街中ではなくても車でほんの15分か20分も行けばこんな風景に出会うことが出来る札幌市と言う街は、やっぱり特別な都市のような気がします。
 
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# by ebataonnzi | 2011-01-07 16:06
VAYA CON DIOS
 素人の浅知恵にお付き合いいただきたいのですが、北海道の現代史を色どる主役は、ニシン漁と炭鉱の盛衰が総てで、その光と影を今以て様々なところで見ることが出来ます。
 北海道にとってのニシン漁は、北海道がまだ蝦夷と呼ばれていた時代からの、おそらく最初の産業であり、そして最大の産業でした。
 現在の檜山管内江差町を基点に日本海沿岸を北上するニシロードは苫前郡初山別村の少し北くらいまででしょうか?距離にしておよそ500キロ、この間にニシン漁の栄華を偲ばせる「ニシン御殿」の類はまだまだ数多く残されている一方、これら御殿を中心に繰り広げられた網元とヤン衆たちの暮らし、そして、暮らしの中では付きものの男と女の物語は枚挙に暇がありません。
 しかし、昭和1940年代末頃から、ぱたりとニシンが姿を消し、賑わった番屋からも集落からも人々が消え、名残を止めるのは、ニシン御殿や番屋が観光資源として昔を今に伝えていることはご承知のとおりです。
 この観光資源、何も本州からの観光客ばかりではなく、北海道で暮らす私たちにとっても往時を偲ぶ貴重な文化遺産ですが、これらが「光」の部分であるとすれば、「陰」の部分は積丹海岸などで時々見受ける荒涼として人っ子一人見当たらない海岸に突然立派な石垣で出来た構築物の跡を発見することがあります。
 まるで要塞か城跡の一部のようで、かつて栄華を極めたであろう漁場に思いを馳せることがあります。
 それにしても、ニシン漁が衰退期に入った1940年代末期から数えてざと60年余り、このような漁場で文字通り体を張って海と闘った人々で未だ健在で居られる方々も決して少なくはないのだろうと考えることがあります。
 先日カメラを持って、石狩市厚田区望来(もうらい)の海岸を歩いてみました。
 この望来から古潭(こたん)厚田と今も残る漁港は、かつてニシンで沸きかえった港ですが、望来の港からわずかに石狩川河口に寄ったところに無煙浜と言うところがあり、今も取り壊されずに放置された廃屋が5,6棟あります。
 旧街道なのでしょうか?望来と石狩八幡を結ぶ道路から浜辺に出て行く曲がり角に1棟の廃屋があり、破れ放題破れたガラス窓から中を覗いてドキッとする情景に出会いました。
 放置されてかなりの年数になるのでしょう、屋根もカベも破れ、内部の障子も襖も千切れちぎれでしたが、どうしたことか!今になっても鮮やかな朱色を残す神棚が南の方角に向ってニシンの大漁と家内の安全を守っているかのようなものを発見しました。理屈なしに胸に迫る光景でした。
 かつて、ここで暮らした方々に如何なる事情があったものか知りません。もちろん、ここから何処に参られたかも知りません。そして、今は廃屋になったその他の家々の住人も同じですが、何処の空の下でどんな暮らしをされていることか?
 この浜は「無煙浜」と言う地名で、山側は小高い丘になっていて、かつての集落が一望の下にあります。
 仁徳天皇の「カマドの煙」の故事ではありませんが、この浜はカマドの煙さえも拒んだのでしょうか?
 人々が消え、取り残された家と忘れられた神々、何とも複雑な心境でした。
 それにしても、やっぱり、あの神様だけは何とかならなかったものか!
 ここを立ち去った何処かの見知らぬ人々に VAYA CON DIOS!

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 訪ねたのは12月に入って間もないある日、厚い雲が北から南方面にかなり早いスピードで流れ、海は、黒い海面を大きくうねらせて、不機嫌でした。
 かつては、海水浴で賑わい、キャンプ場などもあったはずですが、今では人の姿もなく、この日はカモメも姿を見せませんでした。
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 望来から石狩八幡を結ぶ旧街道から浜に向う曲がり角にある廃屋です。今でこそ屋根は剥がれ、カベも落ちかけて窓のガラスは破れ放題ですが、良く見れば、往時はそれなりの家屋で、それなりのお方の住居であったことが窺われます。
 何で、どのような思いで、ここを立ち去ったものか?
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 破れ放題のガラス窓から、そっと首だけ差し入れ、中の様子を確かめてみました。
 正直ビックリとしました。
 破れ放題破れた障子と襖、垂れ下がった天井、散乱したダンボール類、とても足を踏み入れる勇気はありませんでした。
 ところが!覗き見た部屋の欄間真正面に朱色も鮮やかな神棚が残されていました。
 家財道具らしいものの存在は何一つありませんでしたが、色鮮やかな神棚が一つ。あまりにも鮮やかな現実が目の前にあって、一瞬目が眩むようでした。
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 深い草の海に埋もれて、地面に近いところから土に還って行くのでしょう。最早その車種さえ分らない車を見つけました。
 きっと、この車もこの浜の栄華盛衰を共にしたものかも知れません。
 現在この浜に残る10棟近い廃屋や作業小屋跡もそれ程先ではない、何年か後にはこの青い車を追ってゆくのでしょう。
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# by ebataonnzi | 2010-12-20 14:08
我が三種の神器
 とびっきりの高級品ではないけれども、少し高価でお洒落心とセンスを備えた腕時計、万年筆、ライター、この三つを称して、サラリーマンの「三種の神器」などと呼んだ時代がありました。
 確か1960年代の中頃のことだったように思います。
 時計ならロンジンやウォルサムの中級品かそのちょっと下のものあたり、万年筆はモンブランとかパーカー、ライターならダンヒルの金張りか漆塗りのもの、そんなものだったようなような記憶があります。
 もちろん、私のような弱小労働組合の走り使いのような下っ端書記局員には、三種の神器も何も全く無縁の存在でしが…。
 このサラリーマンの三種の神器、元々は経済発展の過程で国民の生活レベルの向上を示す象徴としての生活用品を指して使われた言葉でした。
 第1次の三種の神器は、1950年代の中頃で、電気洗濯機、電気冷蔵庫、白黒テレビ。第2次の三種の神器は、1960年代の中頃で、カラーテレビ、車、クーラーで、三Cなどと呼ばれたもの。 第3次は、正しく現在でしょうか?DVDレコーダー、薄型テレビ、デジタルカメラなのだそうです。
 何やら第3世代の「神器」は1世代、2世代の「神器」に比べて、小型と言うか実用的と言うか、かつての神器のようなキラキラと光り輝く、ただ持っているだけで夢が広がるような、一種の魔力を持つ品物ではないような気がします。
 なに!、第1世代の洗濯機だって、冷蔵庫だって、白黒テレビだって、みんな実用に供される製品ではないか!という反論もありそうですが、時代は1950年代中頃の話です。
 電気洗濯機にせよ電気冷蔵庫にしろ大の大人の月給まるまる2か月分か3か月分に相当する値段で白黒テレビに至っては、サラリーマンの年間所得に相当するような高価なものでしたから、夢を現実に変える「宝物」でした。
 ただ、この「神器」などと言う言葉、ご多分に漏れず購買意欲を煽るマスコミが作り出した言葉で現代の三種の神器とされるDVDレコーダーにしても薄型テレビにしてもデジカメにしても、不況下における消費拡大の起爆剤として登場したに過ぎず、もはや私たちの胸躍らせる「宝物」ではありません。
 今、私の胸の中にある「宝物」は、マスコミなどには決して登場しない、仲間内でさえ話題にもならない、密かに自分の人生の一節(ひとふし)を彩った小さな品々で、これらこそが、貧乏百姓の系譜を継承する証の「三種の神器」のようなものがあります。

<写真をクリックすると大きくして見ることが出来ます>
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 三種の神器の一つ「ヤタの鏡」は、天照大神が天岩戸にお隠れになったときに、岩戸のすき間から天照大神を照らした鏡で、以後この鏡を天照大神自身と思って祀るようにと言う言いつけによるものだそうです。
写真のレンズは、1960年代初頭に製造されたもので「ヤタの鏡」のように被写体に宿る神の存在を写してくれることを期待しているのですが…。
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 「アメノムラクモノ剣」も三種の神器の一つで、須佐之男命がヤマタノオロチを退治した際にオロチの尾から出てきた剣で、これをもって、天皇の持つ武力の象徴としたものと言われます。
 私には武力の象徴などは何一つありませんが、せめて、ペン1本くらいは、心を支える武器にしたい願望があります。
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 三種の神器の最後は「ヤサカニノ勾玉」で、これは、太陽と月の力と恵を受けることで、幸運を呼ぶ象徴とされているそうです。
 我が安時計を勾玉になぞらえるのは恐れ多いことですが、たった1980円で買った時計が、約30年近くも我が腕で、我が昼と夜を間違えなく伝え続けてきてくれたのは、私にとっては「勾玉もの」であると思っているのですが…。
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# by ebataonnzi | 2010-12-07 14:28
写真とは、何だろう。
 旧聞に属しますが、今年の5月、写真家、原富治雄氏の写真展が札幌キャノン・ギャラリーで開かれました。
 平素から懇意にしていただいていて、偶々その日も打ち合わせでご一緒したKさんと連れ立って、この写真展に立ち寄りました。
 写真家、原富治雄氏については、全く予備知識はなく、その作品も観たこともありませんでした。
 展示されていた写真は、何処か外国が舞台のF-1レースを撮ったもので、モノクロをベースにしたローキーな画面にテールランプの赤が滲むように溶け込んでいたり、沢山のコマシャールが刷り込まれたドライバーのヘルメットが鮮やかに浮かび上がるように撮られた写真に圧倒されました。
 「こんな写真、どうやって撮るんだろう?」などと話しながら帰ったのでしたが、その疑問が後々も尾を引いていて、確かその4,5日後に所用のついでに再度この写真展を訪れました。
 ちょうど来場者が途切れた時間らしくて、写真を観る人は一人も居らず、会場の当番と思しき男性が一人、片すみの椅子に座っているのみでした。
 一通り作品を観て歩いた後で、その当番と思しき男性に「このような写真は、どのようにして撮るのでしょうか?」と問いかけて見ました。
 返事は至って簡単で、「これは、一枚の画像をモノクロに変換したものと、元のカラーのものをレーヤーで重ねて、色を出したい部分はモノクロのレーヤーの部分を消せば良いのです」と言う返事でした。
 また、その返事の後で、「簡単な技術ですから、あなたも挑戦してみてください」と言う激励までしてくれました。
 話の後で分ったのですが、この人こそ、この写真展の写真作家原富治雄氏その人でした。
 「簡単な技術ですから、あなたも挑戦を…」と言われても、あの圧倒的な迫力とローキーな画面から浮かび上がる赤いテールランプやドライバーの鳶色の瞳の神秘さを観た後では、「私如きが手出しをするような代物ではない」と勝手に決めたのでした。
 ところが、先日、自宅の近くにある小さなローカル空港の夕焼けを撮りに出かけた折、頻繁にヘリの発着があり、このヘリも入れた写真を…と考えて、それに挑戦してみました。
 しかし、時はすでに遅く、つるべ落としの日が落ちて、暗くなり、その日の撮影は終わってしまいました。
 後日、パソコンをいじって遊んでいた折に画像の合成を思い立ち、空港の夕焼けの写真と別なカットのヘリの写真を合成してみました。
 これを、心おきない友人に見せて自慢の種にしたのですが、素人目にはほとんど「合成写真」とは見破られませんでした。
 そんな訳で、味を占めたわけではありませんが、写真家、原富治雄氏の手法を真似て、霊場として市民に親しまれている八十八ヶ所のお地蔵様に、その手法を試してみました。
 自室で、自分一人でパソコン上で遊んでいるうちは、様々な発想も湧き、新しい技術も習得できて楽しいのですが、例え誰も見てくれない、更新もめったにしないブログでも、やっぱり、外向きに怪しげな写真を陳列するとなると、「写真とは?」などと言う呪縛と恥ずかしさが先にたって、心は穏やかではありませんでした。
 少し大げさですが、プロの写真家の中にはカメラをフィルム用からデジタル仕様に持ち替えるには、それ相応の覚悟が必要だったのでは?そんな気がします。
 現在はともかく、つい7年か8年前ならプロ写真家にとって、フィルムからデジタルへの乗り換えは、正しく、カエサル=シーザーがルビコン川を渡る心境だったのかも知れません。

<写真をクリックすると大きくして見ることが出来ます。>

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 ある夜の夜更け、パソコンで画像をいじっている折に、急に画像の合成を思いついて、古いフォトショップの手引き書と首っ引きで画像の合成をして見ました。
 画像の条件も良かったのでしょう。ヘリの画像があまり違和感なく合成できました。
 しかし、合成と分らないように、できれば出来るほど「偽物づくり」の罪が重くなって行くようで、気持ちとしては穏やかではありませんでした。
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 言うまでもありませんが、単純に花を切り抜き、黒い背景に貼り付けただけの写真です。
 これを見て、ただ普通にシャッターを押して撮影したと考える人はいないでしょう。
 見る人は、みんな「デザイン」として見るわけで、その意味では罪は軽いのですが、写真とし評価は、全くの「枠外」と言うことになるのでしょうか?
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 かなり長い間、画像の合成などに手を出しませんでしたが、ほんの少しのきっかけで、何もなかった空にヘリを一機飛ばせて見て、プロの写真家から「簡単な技術だから、あなたも挑戦してみたら…」の言葉を思い出して、ガイドブックを頼りに、写真の上に絵を描くようなことをやってみました。
 確かに、カラーとも違い、また、モノクロとも違う画像が出来上がりました。
 「写真」という立場から見たら、その評価はどうなるのでしょうか?私自身は、全く分りません。
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# by ebataonnzi | 2010-10-13 12:01