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すすきの 慕情
 ちょうど二週間ほど前、古い友人のSと、札幌雪祭りで賑わうススキノで落ち合って食事をしました。
 Sが現役時代に利用したというシャブシャブ屋で食事をし、せっかくだからもう一軒寄ってから帰ろうと言うことになりました。
 シャブシャブ屋を出て、さて、何処へ寄ったものか?しばし、思案が必要でした。
 「お前さんも確か行ったことがあるはずだが、ほら、あのビルの四階にRというスナックあったはずだ」とSがいうのですが、しかし、Sも職場をリタイアしてからはめったに顔を出していないというのです。同じ思いが僕の頭の中にもあって、以前にも今と同じような状況で現役時代によく利用した店を訪ねたことがありました。
 なるほど、店も看板も昔と同じでしたが、中味はすっかり変わっていて、怪訝な顔つきで迎えられたことがありました。
 Sも私も特別な酒好きでもなければ、現役の時代に交際費を潤沢に使える立場にいたわけでもありません。
 それでも、四十代中過ぎから退職する頃までは、ススキノに来れば、いわゆる「ツケ」で酒を飲める店の二軒や三軒はあったものでした。
 それが、リタイア以降は全くのご無沙汰で、たまにススキノに出てきても、正しく「今浦島」なのでした。
 結局、Sが一年ほど前に顔を出したという店を思い出して、そこを訪ね、二時間近くカウンターの客になって帰りました。
 Sとは、今年はもちろんはじめて、一年に近いご無沙汰の再会であり、積もる話もありましたが、何せカラオケの喧騒、ママさんの時折のお愛想、そんなものが我々の話に割って入り、お互いの近況すら交換できない雰囲気でした。
 どちらからともなく、「おい、帰ろうぜ」と言うことになって、まだ早い時間でしたが、地下鉄でそれぞれの家路についたのでした。
 かつては、電車のあるうちの帰宅はまれで、午前様も珍しくもなかったものですが、そんな昔が不思議に思えるほど私たちは歳をとっていたのでした。
 都会の盛り場の常ですが、建物が変わり、そこに看板を出した店の栄枯盛衰はめまぐるしく、特にスナックなどは毎日新しい店ができる代わり、ひっそりと行燈の灯りを消す店も新規開店と同じほどあると言われます。
 そんなことから考えれば、現役を終えてからでさえすでに六年あまり、「今浦島」も当然で、昔と比べるとずい分と明るくなった細い裏道が妙に懐かしいのでした。

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 札幌雪まつりで賑わうメーンストリートから一本横道にそれて、覗いたススキノの顔は、輝くネオンの明かりとそれと同じくらいの意味を持つ「陰」があって、郷愁に満ちた夜の顔でした。
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 名の知れたラーメン屋でもあるのでしょうか?確か時間は11時に近かったはずですが行列ができていました。
 初めてススキノに出入りするようになった頃、この辺に夜学の同級生の母親が経営する小料理屋があって、たまに学校帰りに寄らせてもらったりしました。
 場所柄と店構えから考えて、ものすごく不釣り合いな客でした。
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 これから何処によるつもりもありませんでしたが、懐かしさもあって、地下鉄駅に少し回り道をしてみました。
 この界隈は、飲み食いのゾーンから外れたホテル街で、昔も今も「夜のお姫様」たちが出没するゾーンですが、この時は急に降り出した大粒な雪がカーテン代わりになり、姫たちの顔もホテルの看板さえも隠してしまいました。
 

 
 
 
 
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by ebataonnzi | 2011-02-26 00:53
「群来」の残像
 小樽の浜にニシンの「群来(くっき)」があったとテレビや新聞が報じたのは今月(2月)2日であったような気がします。
 確か、去年のちょうどこの時期に、特別な目的もなしに訪れた石狩管内の小さな漁港濃昼(ごきびると読む)でニシンが獲れていて、網を引き上げて港に帰った船から下ろされた網からニシンをはずし、箱詰にする作業に追われる数家族総出の作業現場に出会いました。
 普段は寂れた小さな漁港で、特に日中は人っ子一人見かけることのないところですが、この時ばっかりは、ねじり鉢巻の父さんも、綿入れ半纏で着膨れた母さんも、近寄り難いほどの活気にみちた仕事振りで、ど素人のカメラ小僧にはカメラを向けたら怒鳴られそうで、恐る恐るお願いして数カットシャッターを切らせてもらって帰ってきたのでした。
 そんな思い出があって、テレビニュースで「群来」を見た数日後濃昼よりは、はるかに近い同じ石狩管内の望来までニシン漁を見に出かけました。
 訪ねた小さな漁港は望来と古譚(こたん)の真ん中ころにある小さな港で漁師の家が3、4戸あるきりです。
 昼過ぎの港には、もちろん人影もなくカラスが騒いでいるだけでしたが、海を眺めていると大きな双眼鏡を持った若い漁師が現れて遠い沖合いを眺めています。
 「ニシンが獲れていると聞きましたが…」と声をかけてみました。
 「なに、さっぱりさ!、いいのは小樽だけだ!」そんな返事でした。
 南は積丹(しゃこたん)あたりから北は初山別(しょさんべつ)あたりまでの海岸にニシンが作り上げた、いわゆるニシン御殿は数々ありますが、今では観光名所でわずかにその名を残すのみです。
 しかし、私のような、いわゆる余所者でさえニシンの「群来」と聞くと「もしや!」と過去の栄光に期待します。
 「なに、さっぱりさ!」と答えた若い漁師にしても現実のニシン御殿は昔の語り草ですが、やっぱり他の魚とは違ったニシンに対する期待感があるはずでした。
 この小さな港を出て、さらに足を延ばし、結局厚田の港まで行きましたがニシンの影もなく、その代わりにきれいな夕日と出会いました。
 しかし、これまた残念なことに、このきれいな夕日も未熟な「腕前」のカメラでは如何ともしがたく、せっかくの夕日もだいなしでした。
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 望来と古譚に挟まれた小さな漁港です。すでに70年も前のことになりましたが、私の友人の父親が、この港の数百メートル先でニシン漁の最中に船が転覆し命を落としたのだそうです。
 ニシン漁が華やかだった時の話です。
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 港を出入りする船もなければ沖を行き交う船も見当たりません。午後4時頃白い船体の漁船にしては洒落た一艘の船が港に戻りました。
 何処で、どんな漁をしてきたのでしょうか?
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 この日は気温も暖かで、海も穏やか、そこはかとなく春の気配が広がる海を眺めているには絶好の日和でした。
 徐々に夕暮れが訪れ、穏やかで、きれいな夕焼けが広がりました。
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by ebataonnzi | 2011-02-15 17:27