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春の蛍
 おそらく日本における稲作の北限であろう道北の都市の郊外で中規模の農家を営む友人がいます。
 今年は春の訪れが遅くて、何時までたっても雪が残っていて、田起こしなど水稲作付けのための基礎的作業が出来なくてイライラを募らせているようでした。
 事実、札幌周辺でも水稲作付けの作業が遅れていて、見ているだけで心が和む代掻き(しろかき)などの作業が例年よりも遅れたようでした。
 学校を卒業して社会に出るまで、越後の極め付きの田舎で育った私にとっては、農村の作業風景 は、70年に及ぶ人生の「原風景」で、写真を撮り始めてからは、毎年機会がある毎に札幌近郊の農作業風景にカメラを向けています。
 先日、空知地方の米どころ新篠津で青空の下で行われていた「代掻き」の現場に行き会い、写真を撮らせてもらいました。
 早速、彼の道北の友人に「新篠津ではこんな作業をしていました」との報告も兼ねてメールに写真を添付して送りました。
 後ほど返信があって、代掻きには少し間があるけれども、田起こしの作業が真っ最中で、夜な夜な「春の蛍」を飛ばせている。そんな文面で返信がありました。
 「春の蛍」それは、農家1戸当たりの耕作面積の拡大で同一作業が集中するこの時季は昼間だけの仕事では追いつかず、夜になっても仕事を続行することになって、トラクターの前後に煌々と灯りをつけて田起こしなどが行われるのだそうです。
 夜の闇が立ち込めた田んぼの中をトラクターの灯りだけが行き来する情景が、あたかも蛍が飛び交う情景と似ているところから「春の蛍」と名づけられたのだそうです。
 最近、東京都心のレストランでビルの屋上や壁面を利用して野菜の水耕栽培が行われ、その野菜を使用したサラダがレストランのメニューに載って評判をとっているそうです。
 虫もいないから農薬もいらない、新鮮で美味しいが評判を呼んでいる基なのだそうですが、元来農業はお天道様と共にあるべし、とする考えが当たり前と思って育った者には、何とも複雑な思いでこの話を聞きました。
 生産技術の発展が自然の恵みを凌駕し、農産物の生産が工場で生産される製品と同様に進行してゆく、その行きつく先を考えると、人間の暮らしは、いったいどこに行くのだろうと思ってしまいます。
 狂牛病、鳥インフルエンザ、そして今回の牛や豚の「口蹄疫」の発生など、人間の側からだけで見た生産論理に対して、人間を除く総ての生き物たちの「NO!」が突きつけられたのだ、などと考えるのは、イカレ老人の戯言なのでしょうか?。
 今日も見てきた田植えの風景は、明日に向う明るさと穏やかさに満ちているように見えました。
 しかし、この背後に何が忍び寄っているのでしょうか?
                                    
<写真をクリックすると大きくして見ることが出来ます>

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by ebataonnzi | 2010-05-21 21:58
写真に 魔法を!
 デジタルカメラは大変便利な機械で、撮影データは、その都度メモしておかなくても、きちんと記録されているという「優れもの」です。
 この頃では、つい1,2日前のことでも「あれっ、あれは何日だったけっ?」という時でも画像を見ればすぐに分ります。
 朝から撮影に出かけたのは4日(5月4日)でした。
 朝から絶好のカメラ日和で、隣町の大学の「薬草園」を見て回り、そこを出て周辺一帯に広がる田園地帯でいよいよ本格化ししつつある農作業の風景が撮りたくて農道を、それこそ縦横に走り回りました。
 今年は雪融けが遅い上に気温が上がらず、そのせいでしょうか?例年なら今が盛りのはずの「田起こし」の作業は、汗ばむほどの好天気にも関わらず、動いているトラクターを確認できたのは1つか2つでした。
 写真を撮り始めてこの方、何時も感じていることですが、情景に対する思い入れがどれほど強かろうと深かろうと、写真に撮るには、現場にいなければ話にも絵にもならないというのが写真の世界で、寒さ、暑さ、雨風を耐えてファインダーを覗き続けなければなりません。
 
 古くから慣れ親しまれてきた「波浮の港」という名曲があります。
 作詞は野口雨情、作曲は中山晋平による傑作ですが、この曲ご存知の通り、離れ島のわびしさ、そこを訪れた旅人との別れを惜しむ島の娘の素朴さが多くの人々の共感をよんで大ヒットとなりました。
 ところが、この歌詞が現地の情景を忠実に描写したものではないとする指摘があって、事柄が単純明快なものであっただけに、動かし難い事実として認めざるを得ないことになりました。
 波浮の港は、東は海、西は山で夕日は全く見えない上に「磯の鵜の鳥りゃ 日暮れにゃ帰る」と歌われた鵜の鳥は、大島にはいない鳥なのだそうです。
 第一、作詞者の野口雨情は一度も大島を訪れたことはなかったのだそうです。
 
 天才と称される写真家、荒木径惟氏の言葉だそうですが、「カメラマンは現実をそのまま切り取ってくる人間、写真家は現実を虚構化し、現実とは違った別のものに置き換えて表現する人間」なのだそうです。
 詩人野口雨情は、見えない夕日と生息していない鵜の鳥で大島を表現し、写真家荒木径惟氏は厳然として存在する物体にどんな魔法をかけて別物を生み出すのでしょうか?。
 カメラマンでもなければ、ましてや写真家などではない私などは、何を写しだすことができるのでしょうか。

     <写真をクリックすると大きくして見ることができます>
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by ebataonnzi | 2010-05-07 17:09